游明朝体 E開発ノートより
游明朝体 Eは游明朝体のファミリーですが、見出し書体に特化した専用のデザインで新しく設計しました。よりくわしく知っていただくために、デザインの特徴、制作方法、デザイナへのインタビューなどの記事を用意しました。
漢字について
游明朝体 Eの漢字は繊細でありながら力強く引き締まっているのが特徴です。骨格のバランスのメリハリが見出し書体としてはやや控えめで、游明朝体の他のウェイトに通じる安定した形になっています。縦画は裾広がりでどっしりしていて、右ハライは細くはじまり太く強く終わり、抑揚があります。横画と接する縦画の起筆にはつき出しをつけることでより力強さを表現しました。また、ハライの先端やウロコの頂点には、游明朝体の他ウェイトと同じく、丸みがあり柔らかな印象をつくっています。
漢字はまず数文字を試作して基本的なデザイン方針を決めます。太さや字面などの大きな印象から、各エレメントの細部のデザインに至るまで、丁寧に検討していきます。ここでできた文字が、すべての漢字のお手本となるので、時間をかけてじっくり取り組みます。
そこからさらに代表的な部首やエレメントがまんべんなく集められた種字400字をつくります。はじめに試作した書体見本のデザインがそれでよいのか確認しながらつくります。種字ができるとデザインはほぼ決定です。できた文字をもとに、同じ部首がまとまって並んでいる字游工房独自の制作順で、すべての漢字をつくっていきます。
制作時には游築見出し明朝体と游明朝体 Dを見比べながら、見出し書体らしい重厚感と游明朝体ファミリーらしい落ち着きが共存するように意識しました。游明朝体 Eのエレメントは游築見出し明朝体に比べすっきりとしているので、それでいて力強さを求めるには、工夫が必要でした。右ハライや点をたっぷりさせるために、ただ太くするのではなく、おおらかな曲線を描いて充実した印象をつくりました。
漢字はほぼ全てデジタル環境での作業ですが、1文字ずつ手作業なので、たくさんある漢字を同じイメージで同じ太さに見えるようにつくるのはちょっとたいへんです。数名で分担し、1年ほどかけて7000文字ほどある漢字をつくり終えました。ひととおり制作したものは、監修者が中心となって、それぞれの文字を見比べながらデザインが統一されるように調整します。細かな部分までしっかりと確認して、ようやく漢字の完成です。
仮名について
游明朝体 Eの仮名は縦への流れを意識したオーソドックスな字形です。筆書きの要素を取り入れつつ、太細のコントラストを大きくしてすっきりとした雰囲気になるように心がけました。ゆったりとした沈着な線も特徴的です。游明朝体 Dなどの本文用の書体と比べて、フトコロをより絞ってあり、漢字に対してさらに小振りな見え方で、大きく使用した場合にも引き締った印象になります。
仮名は手で原字を書きます。先に制作を始めていた漢字に合う形を考えながら鉛筆で骨格を書き、それを上から筆を使ってなぞります。この書体では太く書きたいのでやや筆を傾けて力の入れ加減に注意しながら筆を進めました。実際に筆を使って書くことで、起筆・走筆・終筆の関係や転折の形、自然な線の抑揚を得られるメリットがあります。
これまでのファミリーの考え方は骨格は同じで太さが変化するというのが一般的でしたが、この書体をつくるにあたっては、游明朝体の見出し用とはどのような書体なのか、改めて自問自答しました。
はじめは、仮名同士の連続性を重視するあまり、抑揚が大きく印象が弱い仮名になってしまいました。これだと堂々とした漢字に合いません。いくつか試作を重ねますが、どうしてもしっくり来ませんでした。書いている時にはうまく個性をもたせたように思っても、翌日になると、それがわざとらしく思えて、いやらしく見えてしまうのです。
そこで再び游明朝体のコンセプトに立ち返って考えました。野武士のような秀英初号、ゆったりと堂々とした築地初号が見出し明朝体の双璧です。そうした中にあって游明朝体 Eは真面目でベーシックであることが根本にあります。その上で、現代的でフォーマル、かつ力強くしたいと思いました。背筋を伸ばしてスクッと立つイメージで、ようやく原字が書きあがりました。
筆で書いたアナログ原字をもとにして、デジタルデータをつくってからも、組版をしてみて納得のいかないところはどんどん修整します。「む」に代表されるように、この時点で全くデザインが変わってしまったものもあります。
現在の姿になった時には、はじめて下書きをしてから1年半ほど経っていました。細い部分をどこまで太くするのか、その加減によって文字は重くも頼りなくもなります。明朝体の太い仮名をつくることの難しさを痛感させられました。
欧文について
游明朝体 Eの欧文は漢字・仮名と同じく、新しくデザインしました。力強さを求める一方でセリフなどすっきりとした繊細な部分もあり、メリハリのある見出し書体らしい印象です。手書きの雰囲気を感じさせる有機的な柔らかさはこれまでの游明朝体を踏襲しています。
欧文は游明朝体 Dのデータを使って太さと字面をおおまかに合わせたものを用意し、それを版下にしてデザインをはじめました。游明朝体 Dに対し、どれくらい太く、どれくらい大きくするとイメージしている組版になるのか、和文と比較しながら試作を重ねて決めていきます。
おおまかな印象が決まったら、見出し書体らしい力強さが感じられるように細部のデザインにも目を向けます。ターミナルを丸くしたり、セリフは少し長めにして、ステムからのつながりはシャープになるようにしたりしました。和文のデザインにあわせてコントラストを少し強めるイメージです。H・O・V・n・o・v・0を基本として、そこから制作をはじめ、デザイン方針を固めながら文字を増やしていきます。
骨格は游明朝体 Dに倣っていますが、游明朝体ファミリーの欧文はオールドスタイルなので、そのまま見出しに使うとパラパラして見えてしまうように思いました。そこで游明朝体 Eでは大文字のG・H・O・Uなどの幅の広い文字を少しタイトにつくり、文字幅の差を減らしました。また、サイドベアリングもやや狭めに設定しています。見出しとしての文字の役割を考えて、組版した時のまとまりを重視しました。
制作中はたびたび仮フォントをつくり、組版をして、実際に使われた時のようすを確認しながら調整していきます。あくまで和文と一緒に使うことを想定しているので、欧文のみの文章ではなく、日本語の中に混ざって欧文が登場するような文章で試します。その文字だけを見て制作している時には気にならなくても、和文の中に入ると、ここが気になる!目立つ!という部分が見えてくることがあります。調整を重ねて2ヶ月ほどで游明朝体 Eの欧文が完成しました。
デザイナにききました
游明朝体 Eのディレクターである字游工房代表鳥海修に質問しています。
Q:游明朝体 Eのコンセプトを教えてください
A:ベーシック書体である游明朝体ファミリーの中の見出し用書体としての位置づけです。 願わくば、現代のフォーマルな見出し明朝体として認識され、長く使われ続けたらうれしく思います。
Q:游明朝体ファミリーの他のウェイトと異なるデザインにしたのはなぜですか?
A:読むことが主体の本文用書体に対して、見出し用書体は見る要素が強くなります。つまり見る人にある程度のインパクトを与える必要があります。そうした要件を満たすために、漢字においてはつき出しを付けるなど、一点一画をしっかり見せる処理をしました。同時に仮名においても、ベーシックという路線を踏襲しながら、ある程度主張すべく、力強いエレメントと引き締まった骨格を持たせ、若干小さくデザインすることによって、本文用とは必然的にデザインが異なりました。
推奨使用サイズは24Q以上ですが、この書体が本領を発揮するのは32Q以上だと思います。
Q:游明朝体 Eはどんな場面で使ってほしいですか?
A:姿勢正しく立つ姿を連想してください。単行本や新書のタイトルなど、知的で媚びない場面で使ってほしいと思います。
Q:字游工房の他の見出し用の明朝体とはどのように使い分ければよいですか?
A:弊社の見出し用明朝体は、游明朝体 Eの他に游明朝体 L・游築見出し明朝体があります。
游明朝体 Lは游明朝体ファミリーの中で最も細い書体です。安定した字形と繊細な太さが特徴です。優美な線質を活かすように大きなサイズで使ったり、余白を大切にするような組版で軽やかに使ってほしいです。
游築見出し明朝体は游明朝体 Eとほぼ同じ太さですが、人の手によって彫られた活字をベースにしているので、傾いたり、太さにバラつきがあったりと、とても人間的な匂いを感じます。情感たっぷりなタイトルに適していると思います。それに対して游明朝体 Eは、哲学、評論、研究書など人文系の曲がったことは大嫌いというような本のタイトルなどに向いているのではないでしょうか。
Q:游明朝体 Eにウェイトを合わせてつくられた游明朝体36ポかな Eはどのような場面で使ってほしいですか?
A:前述したように游明朝体 Eはとても真面目な印象なので、やや固めの本のタイトルなどに向いています。一方の游明朝体36ポかな Eは、東京築地活版製造所の36ポイント活字の仮名を現代風にアレンジした書体で、ややデフォルメされた字形、豊かな線の抑揚など個性的な印象です。料理や雑貨のような趣味の本などにより適していると思います。この2書体を使い分けることによって、幅広いジャンルをカバーできるのではないでしょうか。